甘いものは嫌いなの

「阿鳥くんって、本当に私のことが好きなの?」
 昼下がりのカフェの片隅。木洩れ日が差し込む窓際の席の向かいに座るのは、一週間程前から付き合い始めた女性。あどけなさの残る顔立ちと、少し抜けたところのある性格を、かわいらしいとは思う。けれど、彼女が求めている答えは、これではないだろう。
 嫌いか、と、問われたら、否、と即答できる自信はある。嫌いだと断言できるような相手とは、そもそもお付き合いはしていないだろう。だが、好きかどうかと問われると、言葉に詰まってしまう。少なからず好意はある。かわいらしい、とも思う。しかしそれは、好き、という感情になり得るのだろうか。
 なにも言えずに黙った阿鳥に痺れを切らしたのか、彼女はガタンと大きな音をたてて立ち上がった。
「もう、いい!」
 店内がシン…と静まりかえる。静寂の中、彼女は鞄を抱えると逃げるように去っていった。注文したパンケーキをトレイに乗せた店員が、どうしたものかとこちらを窺っている。
「お騒がせしてすみません。ありがとうございます」
 店員に声をかけると、彼女はびくりと肩を跳ねさせた。パンケーキをテーブルに置き、そそくさとカウンターに戻っていく店員の後ろ姿を見て、驚かせてしまったな、と申し訳なく思う。
 いつも、こうだ。自分で言うのもなんだが、派手な容姿の影響か、女性に好意を向けられることは多い。よっぽど不快でなければ、お付き合いの申し出は受けてきた。好かれるのは、単純に嬉しい。自分も好きになれるかも、と、そのときは思うのだ。
 だが、いざ付き合うとなると、わからなくなってしまう。ただ並んで歩いているだけで、好きという感情は芽生えるものなのか。そもそも、好きとはなんだ。恋とは、一体なんなんだ。わからない。学校の教科書には書いていなかったし、必死に読み込みボロボロになった譜面たちも、ホテルに勤める際にもらったマニュアルも、そんなことは教えてくれなかった。
 テーブルに置かれたパンケーキには、生クリームとフルーツが綺麗に盛りつけられてる。最近流行りの店なのだと、雑誌で見かけて目星をつけていた。パンケーキ、マカロン、スムージー。女の子が好きな定番メニュー。流行りのデートスポットのチェックは欠かさない。ナイフで切り取り、クリームを絡めて口へと運ぶ。ああ、おいしい。こんなにもおいしいのに、食べずに帰ってしまうだなんて、もったいないことを。
 食べ終わるのがもったいないくらいの、おいしくてかわいらしいパンケーキ。ひとりでパクパクと食べ続け、最後のひとかけらを掬いあげようとしたところで、ふと、三日程前に彼女が零した言葉を思い出した。
 ああ、そうだったのか。次からは、甘味以外も候補に入れなければいけないな。
「ごちそうさまでした」
 彼女のことは、きっと好きにはなれなかったけれど、このパンケーキは好きだ。それだけは断言できる。

2018.3.13